ストーンヘンジ から ロンドンへ

  2009年8月25日

 8月25日(火)B&Bカシードラル・ヴィウを出発して、この旅で楽しみの一つストーンヘンジに向かう。
 昨夜は気がつかなかったけど、このお宿には食堂にも廊下にもすてきな沢山の絵が展示されていた。朝食の給仕をして下さる女将さんとそのことを話題にすると、この絵はカシードラル・ヴィウになじみの絵描きさんたちが持ち寄って掛けているのだということだ。絵描きと言っても趣味の人たちだろう。よく見ると販売価格も書かれてあった。いいなと思うものもたくさんあって、日本円で2万円ぐらい、手の届かないお値段ではない。緑子さん、間髪を入れず「買うんじゃないよ!」。NOBURIN、四日市教会の会員さんのことを思い出して、「私のお友達にも絵描きがいるけど、今度ここに彼の絵を掲げるように言いましょう。」と話をつけておいた。

 今日の予定は、ストーンヘンジを見学してサウザンプトンへ行く。ここでいよいよレンタカーを返して電車でロンドンへ向かうのだ。サウザンプトンはタイタニック号がニューヨークへ向けて出航した港だ。レンタカーは空港の営業所で返すのだけど、せっかく行くのだから港に立ち寄ることにした。電車は空港駅からサウスウエスト鉄道 で1時間10分ほどでロンドンに着く。ロンドンはウォータールー駅。ここからタクシーで予約しているヒルトンホテルへ。
変化に富んだ行程だ。うまくロンドンまでたどり着けるだろうか。ストーンヘンジからサウザンプトンへのドライブ、レンタカーを返却する空港営業所、空港駅、電車の時刻表などなどグーグルアースの航空写真、地図、鉄道会社のホームページ等で調べ、必要なところはプリントアウトして手元にある。

 

 宿の主人がソーリスベリーの町の中を抜けてストーンヘンジへ行く道を地図に示して持たせて くれた。NOBURINの当初の計画では町を迂回して行くつもりだったが、教えてもらって気が楽に なった。出発8時30分。町の中で一本道筋をそ れてしまって、人に現在地を聞いたりしたが、しばらく広々とした麦畑や牧草畑を眺めながら走ると、向こうの草原に石らしきものが並んでいる のが見えてきた。

 入場券を買うと日本語でストーンヘンジを説明してくれるイアーホーンを貸してくれた。遺跡の周辺一帯は草原だ。ビジターセンターは半地下になっていて遺跡の方からは見えないようになっていた。駐車場も低いところにある。
  話には聞いていたが巨石の林立に驚く。4000年も前の古代人がどのようにして100トンは下らないだろう石を運びあの遺跡を建立したのだろう。直立している大きな石は30キロメートル離れたところから、横たわっている石は385キロメートル離れたところから運ばれてきたという。入口の地下道に、古代人が人海戦術で ころ を石の下に敷いて押したり縄をつけて引いたりして運んでいる壁画があった。その巨石をどのようにして直立させたのだろう、その上にさらに横たわって乗っかっている石もある。現在なら重機やトレーラーがあるからたやすい工事だろうが4000年もの昔の人が関わって作ったという。それも、完成当時はストーンヘンジは輪になってもっと沢山並んでいたのだそうだ。
ピラミッドもそうだが、古代人は我々現代人には想像できない偉業を成し遂げるものだ。

 下のYouTubeスライドショーは、2009年、イギリス旅行 - ストーンヘンジ tik0o0tak 氏のものです。シェアーさせていただきます。また、考古学者による研究・考察がNHK Eテレでかつて「ストーンヘンジの謎」として放送されたものを、https://youtu.be/Vjl4SAb-5-4 で見ることが出来ます。

 この港までたどり着くのに、少々手間取ってしまった。ストーンヘンジを出発して順調に港に着けば海を眺めながらのお昼の予定だった。実際11時過ぎにはサウザンプトンの町の入り口まで来ていたのだが、例のラウンドアバウトで道を間違って出てしまったらしい。大きな駅の横を通るはずなのに見えてこない、海も見えてこない。そのうちに”空港方面”の標識が出てきた。後で空港にも行くのだが、今は港へ行くのだ。   二人ともトイレに行きたくなってきた。お腹もすいてきた。道路脇に車を止めて、お昼のできる店を探すことにした。あまりはやってなさそうなレストランがあった。とにかく入ってトイレだ。インド料理のお店である。メニューを見てチキンカレーをNOBURINが注文、緑子さんはサラダの前菜だけをオーダー。ウェーターさん怪訝な顔をしていた。注文の終わったところで、現在地をNOBURINの地図でウェイターに聞いてみた。確かに空港への方角だった。港へ行く道も見通しがついた。 道を間違えたラウンドアバウトまで引き返し、港方面への道を取りようやくサウザンプトン港に到着できたのは午後2時だった。町の入り口で2時間ほどロスをしたことになる。

   港から約10キロメートルの街の郊外に空港はある。エイヴィスの営業所に7日間お世話になったNISSAN NOTE を返却するのだ。まず空港前の駅に立ち寄りスーツケースを降ろす。NOBURINがエイヴィスへ行く間、緑子さんは駅で待っててもらう。ロンドン行きのホームはどちらか、出発時間など緑子さんに把握していてもらおう。
  営業所の駐車場に入ると係員がいて簡単に車の周りを見渡し、OK!だ。昨年のカナダ カルガリーでも同様、拍子抜けするぐらい簡単だった。一週間の全走行距離 約700キロメートル。昨年走ったカナダの半分の距離。車も昨年と比べると小さい。でも、ここはここで田舎道を走ったり、町なかの縦列駐車など小さな車が好都合なところもあった。なんと言ってもレンタル料金が7日間、 32,000円。
  午後4時8分、ホームにロンドン行きの列車が来た。1週間のドライブ いろいろ道は迷ったけれど、それなりに印象に残った。何より無事に列車に乗れるところまで来て安堵感がいっぱいだ。    
NOBURIN、車のハンドルからスーツケースのハンドルを握りしめている。

 

 

 

 

 

 

サウザンプトン空港駅からロンドン ウォータールー駅へ     ミニキャブに揺られ揺られてホテルへ到着

  ウォータールー駅からホテルへはタクシーだ。あのロンドン名物黒塗りミニキャブが乗り場に待っていてくれている。ホテルの予約書類バウチャーを運転手に見せると、行き先をすぐ理解してくれた。スーツケースの積み込みまで手伝ってくれて親切そうな運転手だ。発車オーライ。
でも、ロンドンッ子は運転が荒いと聞いていた。カーブでもアクセルは踏みっぱなしだという。実際に体験してみてなるほどとうなずいた。運転席と客席の間には広いスペースがある。スーツケースはそのスペース、つまり私たちの膝の前に立てておける。ところがカーブする度に二つのスーツケースがあっちへごろごろ、こっちへごろごろと移動する。膝にもぶつかってくる。NOBURINはそれを鎮めるのに両腕で時には足で押さえている。こんなことならスーツケースを倒しておけばよかった。
ホテルはヒースロー空港行きの電車が出発するパディントン駅に隣接している。ウォータールー駅からパディントン駅の間はおおよそ4キロメートルぐらいはあるだろうか。その間NOBURINはミニキャブの中で格闘状態。緑子さんはというと、後での話、”ビッグベンの横を通った、バッキンガム宮殿の前を通過した、ハイドパークの脇も走った” という。NOBURINは車窓からの景色は全然見えていなかったのである。それでも無事に予定のホテルにまあまあの時刻に到着できたのである。

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