1.草薙神社(桑名郡多度町御衣野)


草薙神社(多度町御衣野)

  草薙神社は肘江川の南に位置する集落、御衣野(みその)にある。近鉄養老線下能代駅の北西約2`のところにある。昭和16年に三重県指定史跡となり、神社の入口には「日本武尊尾津前御遺跡」と刻まれた標柱が建っている。

 古くは「八剣社」とも称し、記紀に記されたヤマトタケルが東国からの帰途、伊吹山から養老山系の東麓を通って尾津前(おづさき)まで戻ってきたときに、往路に立ち寄った際に置き忘れた太刀が一本松のところにそのまま残っていた。という伝承により、この地に神社を建てたという。拝殿の横には小祠があり、中には松の枯株が収まっている。
 
 (むだばなしその1)

 ヤマトタケルは、九州の熊曽の征定に赴いて熊曽建兄弟を刺し殺し、帰路、出雲建も滅ぼして大和国に帰還した。が、父景行天皇はヤマトタケルに対して、さらに東国蝦夷の征伐を命じた。

 東国に向かったヤマトタケルは、焼津、走水の難を危うく切り抜け、「荒ぶる蝦夷」や「山河の荒ぶる神ども」を平定し、尾張まで帰り着いた。そして、尾張の美夜受比売(みやずひめ)のもとに草薙剣を置き、山の神を退治するために伊吹山へ登ったが、白い猪に化身した伊吹の山の神のために大氷雨を受けて失神する。身体は衰弱しながらも、ヤマトタケルは大和への帰路につく。
 当時、尾張・美濃国への交通の拠点であった尾津前において、ヤマトタケルは東征に出立の際に置き忘れた剣が、そのまま残っているのを見つけ、「尾張に 直に向へる 尾津の崎なる一つ松 あせを 一つ松 人にありせば 太刀佩けましを 衣着せましを 一つ松 あせを」の歌を詠む。