紙+筆  〜  キーボード+ディスプレーへ

世の中にパソコンが普及してかれこれ30年が経つが、パソコンを仕事で使う上で一番大切なポイントをお教えしよう。それはパソコン導入により、文字のやりとりが根本的に変わってしまうことである。

1)キーボード+ディスプレーへ
 すなわちパソコンの導入により、「ペン(筆)+紙」から「キーボード+ディスプレー」へと仕事が変わって行った。
 人間は古来より今まで「ペン(筆)+紙」で仕事をこなして来た。パピルス紙や巻紙から始まって、近年の雑誌や書籍まで、紙の種類や製本方法は変わって来たが、常にペンや筆で紙に文字を書く、そしてそれを読み手に渡す、相手も紙の文字を見て先方の言いたいことを理解する、と言うやり方で、何十年、何百年も仕事をしてきた。
 ところがこうした何百年も続いた「ペン(筆)+紙」文化に突如乱入してきたのが、パソコンによる「キーボード+ディスプレー」文化である。パソコンを使う際には、従来ペンで書いていた文字をキーボードで入力する。そして紙の代わりにディスプレーでその情報を読みとるのである。
 なんだ、そんな事かと思われたかもしれない。しかしこのキーボード+ディスプレー文化が社内に浸透するかどうかが、パソコン活用の命運を握るのである。

2)キーボード入力の大変さ
 まずはキーボードで文字を入力するのが大変である。中高年社員が最初につまずくのが、例外なくこのキーボード入力だ。
 まずはキーボードのどこに文字があるかが分からない。「あ」とか「い」とか、あるいは「A」とか「B」とかをキーボード上で探すのが大変である。またようやく平仮名やローマ字で入力しても、今度はそれを漢字に変換するのが一苦労。いわんや入力の最中に間違った文字でも入力しようものなら、その訂正方法が分からないで、しっちゃかめっちゃかである。結局手で書いた方が早いので、手書きのメモを女の子に渡して入力をお願いすることになる。
 ちなみにキーボード入力は慣れるとかなり早い。少し慣れればペンで書くのに比べて、2〜3倍くらいの速度で字が書けるようになる。でもキーボードが使えない人は、ペンで書く時間の10倍くらいかかってしまう。
 でも、これからの時代、キーボードが使えないと言うのは、ある意味パソコン「文盲」状態である。
 昔、字が書けない人が、学のある人に頼んで口述筆記してもらったのと同じ事だ。今時、字が書けないビジネスマンはいないだろう。同じようにもう何年かすると、パソコンでキーボード入力ができないとビジネスマン失格になってしまうだろう。キーボード入力ができないビジネスマンは、昔の字が書けない人と同じだ、と言う時代がすぐ目の前に来る。

3)ディスプレーで字を見るということ
 さて次が「ディスプレー」文化である。
 これは従来紙で読んでいた各種資料やデータを、パソコンのディスプレーで読むようになって来たと言うことだ。
 もちろんキーボードで作成した資料を印刷して紙で読むケースも多い。現在の技術では、ディスプレーで見るより紙に印刷して見た方が一覧性が良いし、資料に印を付けたい時や、別の場所で読みたい時などは、紙に印刷した方が便利である。
 しかし紙を印刷しないで、ディスプレーだけで資料(情報)を見る世界が徐々に広がって来ている。
 少し前に中高生を席巻したポケベルや、近年の携帯電話による電子メールやiモードでは、あの小さい簡易キーボードで文字を入力し、そしてあの小さいディスプレーでそれを読んでいるのだ。そもそも紙に印刷する機能などついていない。彼ら若い世代は「キーボード+ディスプレー」による情報伝達を当然のものとして受け入れ、使いこなしている。
 また少し上の世代でも、パソコンを利用する際には、紙に印刷しないケースが増えている。たとえばパソコンで電子メールをやり取りする場合、ほとんどその電子メールの内容を印刷しない。飲み会の集合場所のメールだと印刷して鞄の中に入れたりするが、そう言う例外を除けばほとんどメールの印刷をせずに、全てディスプレーで作業が完結するのだ。
 別に全ての資料やデータを、ディスプレーで見た方が良いと言っているわけではない。でも段々とディスプレーで見た方が早くて楽な情報が増えているのは確かである。

4)キーボード+ディスプレー文化とパソコン導入
 さて「キーボード+ディスプレー」文化が何かが分かった所で、「キーボード+ディスプレー」文化のない状態でパソコン導入を進めるとどうなるかを見てみよう。
 若い社員はキーボードが使える人が多いが、中高年層は手書きに愛着がある人が多い。時間がかかっても自分でキーボード入力すれば良いが、多いのは中高年の管理職が部下にパソコン入力を全部依頼するケースである。これをやられると、部下の仕事は急増してしまう。上司の能率は落ちるは、部下はワープロマシーンと化してストレスはたまるは、ろくな事がない。
 またディスプレーでデータを見るのがいやな人が多いと、全部の資料を必ず印刷することになり、紙の量が急増する。また一度紙に印刷すると、その紙に注意書きやら、部下への指示やらを書き込むから、周りの人は紙資料とディスプレー資料と両方を参照しなければいけなくなり、結局面倒くさいのでパソコンは使わなくなってしまう。
 4〜5年前に大企業のOAでパソコン推進が行われた時には、紙を削減するためにパソコンを導入したが、ある管理職が自分に送られた全てのメールを印刷して保存するので、追加キャビネが必要になっってしまったと言うような笑い話もあった。
 こういう笑い話の内は大したことないが、「キーボード+ディスプレー」文化と相容れない「ペン+紙」文化の人が多いと、企業が本格的にパソコンを活用して業務改革を進めようとしても必ず失敗する。この二つの文化が併存すると、せっかくパソコンを導入しても、パソコン上での情報共有とか、情報伝達のスピードアップとか、そう言うメリットが一切活かされない。
 だがこの「ペン+紙」文化は、幼少の頃より慣れ親しんだ自分のスタイルであり、仕事を進めて行く上でのほとんど唯一無二の価値観になっている。だから、いきなり明日から「全ての仕事をパソコンでやること」と言われてもほとんどの人が実行できないし、やろうとすると仕事が完全にストップする。
 言い変えれば、社内の「ペン+紙」文化を「キーボード+ディスプレー」文化に変えていくのは、ある種の文化革命であり、それなりに手順と時間をかけなければならない。
 パソコンを導入すれば自動的に新しい文化が定着するのではなく、社員教育とからませながら徐々に社内の文化を変えて行かなければならないのだ。
 でもこの文化革命を成し遂げないと、御社でパソコンを活用することは絶対出来ないし、他社に大きな遅れを取ることになるのである。